演劇博物館蔵『水滸記』抄本データベース
データベース概要
 本データベースは演劇博物館が所蔵する伝奇(中国古典演劇)『水滸記』全訳抄本のデータベースです。
 演博所蔵『水滸記』抄本は原文の一文に対して訳語の一文が対照されている、より日本語訳文本位の訳文配置であることが最大の特徴で、 日本近世の華語日訳の歴史に大きな意味を持ちます。それを明らかにするための試みがこのデータベースです。 このため、このデータベースでは水滸記訳本に記載されているすべてのテキストデータを検索できますが、その主な目的は、 日本語訳がどの原文に対照しているかを確認することにあります。特に原文を検索するには見づらい点があるかと思います。 それらの課題は今後、データベースの改良を行う上でさらに改善されていきます。
データ作成日は、2010年3月31日です。

 なお、本データベースは文部科学省「特色ある共同研究拠点の整備の推進事業」A09351900(早稲田大学演劇映像学連携研究拠点)のテーマ研究 「日本における中国古典演劇の受容と研究」における、岡崎由美(早稲田大学)、黄仕忠(中山大学中国古文献研究所)、伴俊典(早稲田大学)の研究成果の一部です。
解説
○水滸記解題

水滸記 二巻 一冊 明許自昌撰 闕
訳 据関西大学蔵汲古閣刊本水滸記上附和訳注本抄本
書24.2糎×16.2糎
無辺 無界 毎半葉6行毎行19字 訳文毎行字数不定
句点・返点・送仮名 朱点 上眉校語 語釈・傍注等あり
早稲田大学坪内博士記念演劇博物館蔵

 本書は毛晋汲古閣本『水滸記』に和訳・訓点・校注を施した関西大学長澤文庫千葉掬香旧藏汲古閣刊本上標訓訳本(関西大学本)の抄本である。底本にあった評が一部削られるほか、和訳、訓点にも異同がある。『水滸記』訳本には、この他に、山口大学棲息堂文庫毛利元次旧蔵摘訳稿本(山口大学本)がある。
 本書の底本である関西大学本は、六十種曲初印本(申集所収)に附されていた「繍刻水滸記定本」の封面が省かれるほか、巻上目次、第九齣および巻下目次等に補鈔した跡がある。『舶載書目』元禄十四年の記録や書林仲間記録などを見ると、このテキストが江戸中期に日本に伝来した『演劇』(『舶載書目』には『繍刻演劇』と記載。即ち「六十種曲」)所収の一本であり、徳山藩毛利元次の棲息堂に収められた後、散逸したものと判断される。また、テキストに付加された日本語訳は数度にわたり改められていて、誤訳の修正のほか、表現を改めるなど、訳文に対する推敲の跡がうかがえる。山口大学本は関西大学本の訳を作る際に試みられた稿本で、和訳部分は、関西大学本で書き改められる前の日本語訳に大体一致する。このことから、まず、山口大学の摘録本が和訳の検討用に作られ、それをもとに関西大学本に日本語訳等が書写されたが、書写の段階で何度も訳が改められ、最終的に抄本を一本新たに作って浄書したものが演博本だと考えられる。このため三者の和訳のうち、演博本の和訳が最も整う。 和訳が附された正確な年代は分からないが、和訳の一部を記した山口大学本が徳山藩毛利氏の旧蔵であることから、和訳が江戸時代に何度も工夫されたことに間違いはない。ただ訳文は曲に関する説明を省き、特に歌唱に誤訳が多い点を考慮すると、翻訳者(あるいは複数か)は中国戯曲における曲の概念は理解していたものの、套曲や合套といった、特に顛詩に使われない曲学知識についての理解が不足した環境で和訳を試みていたと推察される。北曲、南曲ともに曲牌の解釈に誤りが見られるが、やや南曲の方に誤りが多く現れる。
 『水滸記』は中国の著名な白話小説『水滸伝』の成立後作られた伝奇(長編戯曲)作品である。物語は『水滸伝』第十三回から二十四回にかけて語られる晁蓋、宋江の事。全三十二齣の上巻(第一齣から十六齣)に晁蓋らが梁中書の“生辰綱” (誕生祝の進物)を奪い取る一段を演じ、下巻(第十七齣から三十二齣)に閻婆惜を宋江が殺害し、梁山泊へ逃れる原因となる一段を演じる。
 坪内逍遥より早稲田大学に寄贈され、昭和四年演劇博物館に移管。

○日本語の訳文の特徴
 訳文の作者は分かっていないが、この翻訳は訳文自体のほか、その試み自体も重要な意味を持つ。
訳文は、本文に訓点及び送り仮名を施す「訓訳」のほか、それとは別の、本文左に配される純粋な日本語訳の二種類が加えられる。注目すべきはその日本語訳が全文にわたって施されている“全訳”である点。
 この日本語訳は江戸時代に作られたものだが、江戸時代の中国戯曲の翻訳はこの他に、遠山圓陀(荷塘)『諺解校注西廂記』、無名氏『琵琶記』、嵐翠子『蝴蝶夢』、無名氏『蜃中楼』が存在することが青木正児、長澤規矩也によって指摘されている。『諺解校注西廂記』は原文に訓点・ルビが附されたのみで、訓訳と言うべき作品である。『琵琶記』は第一齣から第五齣までの抄訳。また『蝴蝶夢』は青木正児の解題に述べられているように、舞台、設定等を日本に置き換えている部分が見られ、これも厳密には翻案に属する。『蜃中楼』も第五、第六齣のみの抄訳である。
 このように江戸期を通じて中国戯曲の翻訳は稀であり、この『水滸記』訳本のように現代にも通じる全訳は他に見当たらない。また江戸時代の中国戯曲受容の状況を、全体を通して見ることのできる“作品”として貴重であるばかりならず、このテキストの形成に係る過程が他の二つのテキストから分析し得る点からも、江戸期の日本人の中国語和訳の過程を具体的に示す非常に高い資料価値を持つと言える。(執筆:伴俊典)